安倍総理談話に様々な見方

 

 最初に、8月14日に行われた安倍総理の談話のポイントと海外の反応を私から説明した。これについては、私のホームページに掲載済みであるので詳しくはそれをご覧いただきたいが

(http://www.judo-voj.com/Japanese/abedanwa.html)、とくに次の点を指摘した。

・20世紀の歴史の中で我が国が世界の情勢を見失い戦争の道を進んだとの発言は謙虚さを示し好印象を与える。

・「事変」「侵略」「戦争」に触れ、「植民地支配から永遠に決別」「先の大戦への深い悔悟」に言及したが、全体として、事実の叙述が多く、総理の気持ちが直接的に表明されてはいない。ただし、「歴代内閣の(反省やおわびの)立場は、今後も、揺るぎない」と明言したことで補っている。

・子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないとの発言は正当ではあるが、現代の世代がそれをどのように達成していくべきかについては触れていない。

・海外の反応については、とくに中韓両国が抑制されたトーンを示したのは安倍総理の意図が功を奏したと思われる。とくに朴大統領が「歴代内閣のの立場が今後とも揺るがないとした点に注目している」旨述べている。

次いで、パネリストの大島春行氏(前NHK解説委員)が、安倍総理の基本的姿勢について、世の中が複雑化し連立方程式を解くことが必要な時代に足し算・引き算で答えを出していくスタイルで、わかりやすいが現実には弊害も生じると指摘。談話のニュアンスには、戦争に勝った者が正義であるとの考えはアンフェアだと言おうとしたり、西欧諸国の植民地体制が行き詰って戦争が起きたと言っているように感じられる、談話には主語がないことが多く、問題点への発想や政策手順が単純だとの趣旨を述べた。もう一人のパネリストの仙名玲子氏(主婦)は、戦争中は父親の仕事の関係で1939年から家族とともに奉天に住み、青島、北京を経て終戦に至り、日本に引き揚げた。多くの苦難があったが中国人にも助けられたそうだ。先に帰国していた母と姉を広島の原爆で亡くした体験や引き揚げ後は山口と福山を経て東京に移り住んだこと、高校時代にアメリカ留学の機会を得たことなどを具体的に話された。その後の仕事の経験などをもとに、戦争が起こるのは異文化理解の不足で摩擦が起きることも影響していると述べた。

また参考までに、この会には参加できなかったが、歴史問題について多くの著作や発信をしている京都産業大学世界問題研究所長の東郷和彦氏(2013年に当サロンで講演)が雑誌「月刊日本」9月号(34~37ページ)に発表したインタビュー記事を私から紹介した。東郷氏は、安倍談話が「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎない」としたこと、事前に思われていたより踏み込んだ内容で日本の過去の行動について謙虚さを示したことなどを評価している。また、子や子孫に謝罪を続ける宿命を背負わさないとの点に関しては、「日本人が過去の歴史に真正面から向き合わなければならない」との総理の発言を対にして読むべきとし、安倍演説は1985年のドイツのワイツゼッカー大統領の演説に比肩する村山談話を継承するものとしてとらえるべきと思うと述べている(詳細は同誌記事参照)。

これらをもとに、会場の参加者も一緒になって意見交換を続けた。以下に主な意見をご紹介する。

・総理が西欧諸国を中心とした植民地化に触れつつ、日露戦争がアジアやアフリカの人々を勇気づけたと述べたことは看過できない。当時の大陸への侵攻や朝鮮半島政策も美化できない。

・総理談話発出前に訪中し、中国外務省関係者らと接触したが、安倍談話の内容がどうなるかを非常に心配していたことを強く感じた。それからすると実際の談話は内容的に抑制されたもので、ホッとした。総理はいろいろな方面に配慮を見せたのだろうが、総理が何を考えているかが必ずしもよくわからなくなった。安倍政権成立時は外国にいたが、海外のメディアは安倍政権の好戦性を警戒していた。他方で、欧州諸国は武器輸出三原則や集団自衛権を行使しないとの日本の戦後の政策は理解できないでいる。安倍政権が戦後のどのような状況から出発して今の政策を進めようとしているのかについて誤解されないよう、よく説明していく必要がある。

・自分たちは先の大戦に関与はしていないが、同時に先輩たちが築いてきた戦後の良き蓄積の恩恵を享受してもいる。戦争に関与しなくても時代を引き継いでいるので、歴史を直視していくべきだ。ただ、安倍総理の言動には危うさを覚える。

・安倍総理談話は結局世界からあまり注目されなかったが、談話の片言隻句を論ずるよりもっと広い問題にも目を向けるべき。安保法制は重要なので十分議論すべきだ。

・談話が内容的に抑制されていたため近隣国からの反発がなかったわけで、その意味で注目されないことはむしろ良かったのではないか。

・安倍総理の政治スタイルが単純であるとの意見に同感。もっと複眼思考でいくべきだ。外務省の対中国、対韓、対北朝鮮政策は成功していない。総理は、きちんと方向を定めて戦争等で迷惑をかけた近隣国や東南アジアをもっと回るべきだ。

・中国全体を悪いと決めつけるべきではない。これからの中国には楽観的だ。草の根交流を強化すべき。

・歴史を反省し直視すべきといっても、我々は昭和や戦争の歴史を教えられてこなかった。歴史教育の強化が必要。おわびをいつまで続けるのか。客観的事実を知ったうえで、100年もたてば歴史的事実に謝罪はしないとの方針を宣明すればよいのでは。

・談話は誤りたくない総理に識者が影響を与えたようだ。隣国との困難な関係の現実の中で功利的に解決策を探ることも悪いことではない。その意味で談話はよくできている。

・総理は実際に談話で述べたこととは異なることを言いたかったのであろうが、各国、各方面から多数の注文が出てあのような結果になったのであろう。総理には学習になったのではないか。

・国が歴史教育を強化する必要があるとされているが実行されていない。若い人も含め自分たちはどうするかを考えるべきで、我々は自ら歴史を学び、子供たちにも教えていくことも重要だ。

最後に杉山芙沙子さんが、各自が歴史的事実を家族や孫などに伝えていく必要があることを述べて締めくくった。

この日の意見交換は、必ずしも結論をまとめようとするものではないが、多くの率直な意見が出て、それぞれ参考になったとの声が聞かれたのはよかった。懇親会でも最後まで対話が続いた。歴史認識を深めるべきだとの気持ちは皆に浸透しているようにみられた。「歴史認識」を考えるというシリーズで、参加者にとってさらにこの問題を考える機会が増したのであれば幸いである。

 

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(注)

2015年4月から私(小川)が主宰する「絆サロン」で始めた「戦後70年、『歴史認識』を考える」シリーズは、9月7日の第4回目で幕を閉じた。今回のテーマは、安倍総理談話の内容と海外の反応について考えるとの趣旨で、先ず、お二人のパネリストにご意見を表明していただき、それをもとに自由な意見交換をした。議事進行役は、杉山芙沙子氏(テニス・アカデミーの校長でスポーツを通じた人間教育の活動に従事)と私が努めた。

歴史認識の問題は、国論が集約されていない日本にとって重要な課題である。この記事は2015年時点のものではあるが、今日でも参考になる点が多いので、再録した。

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