(武藤大使講演要旨)(2015年6月18日)
外交官生活40年のうち、12年を韓国で過ごした。今般、「日韓対立の真相」(悟空社)を上梓した。出せば必ず叩かれるので書きたくはなかったが、自分の率直な気持ちを伝えたかった。最近、朝鮮日報のインタビューを受けたが、小生のは採用されず、韓国により優しいことを述べた先輩のものが取り上げられた。韓国の反日感情は一部の人だけだが政治絡みではいまも強い。政治家、マスコミ、一部のNGOなどが反日の声を出せば、誰も反論しない。反論すれば、「お前は親日だ」と言われるからだ。ただ、実際には一般韓国人の対日感情は悪くないのである。
反日感情には変遷がある。1960年代から70年代は、韓国人が日本のことを勉強していてもそれを親戚にも話すことを憚った。日本人が街で日本語で話をしていると睨まれる雰囲気だった。しかし、1988年のソウル・オリンピック以降変わってきた。若い人たちが日本に行ってみると、祖父母などから聞いていた日本とはすごく違っていたことに気が付いた。
韓国の反日感情の背景には、戦後処理の仕組みに対する不満もある。ドイツはナチズムの非人道的行為を反省し、東西ドイツに分かれていたので個人補償を中心に戦後処理を行った。日本は政府レベルで有償・無償併せて5億ドルの経済協力をして、これがその後の韓国の発展に多大な寄与をしたが、そのことは韓国ではほとんど知られていない。朴正煕、全斗煥、金大中など、責任をとれる大統領がいた時代には日韓関係が改善したが、現状では反日感情を鎮める人はいない。
他方、日本を見ると、現状では嫌韓感情の方が反韓感情より強い。「もう、韓国なんか放っておけ」という雰囲気だ。嫌韓感情は1990年代初期の宮澤総理訪韓の頃から始まった。慰安婦問題が発覚し、宮澤訪韓が良い結果でなかったことが日本でも叩かれた。盧泰愚大統領時代には過去の真相究明が叫ばれ、対日協力者の財産没収などが行われた。李明博氏は竹島上陸や天皇陛下に対する発言などで日本人の不快感を買った。現在の朴槿恵時代は慰安婦問題への強い拘りが日本人のフラストレーションに繋がっている。
しかし、日韓双方に誤解もある。日本側には、韓国のすべてが反日だと思い込み、それへの反発が強い。韓国には建前と本音がある。世論調査ではほとんどの人が日本嫌いで日本はけしからんというが、現実とは大きな隔たりがある。ソウル・オリンピックの際、日本とソ連の女子バレーボール試合でソ連を応援した韓国人だが、終わると日本選手にサインを求める人たちがいた。現在も日本文化への憧れは強く、日本観光は増えているし、日本食ブームも続いている。ただ、日本人の歴史観には疑問を持ち、竹島問題で日本への反発が強い。韓国側の誤解としては、日本が軍国主義だと思い込んでいることがある。現実を直視せず固定観念にとらわれているからだが、最近の日本の平和安保法制整備や集団自衛権の行使容認の議論も影響している。韓国への脅威は中国ではなく日本だと思い、日本との防衛協力には慎重で、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結直前に大統領や議員が待ったをかけた事例もある。汗と涙で民主国家となった金大中大統領時代の日韓関係は良好であった。対日文化開放策も採られたし、日本側にも過去の問題で保守的発言もあまり聞かれなかった。
過去の問題に対する日本側の反応について言うと、日本は国益とは何かを中心に考えてこなかったきらいがある。韓国の対応が良いとは言わないが、日本側にも安倍総理と周辺が過去史問題について明確な姿勢を示していないこともある。靖国神社参拝についても国内的視点と国際的視点があり、双方を考えることが重要だ。中国も靖国参拝に表向きは反対しているが、日本批判の材料にもしているように見える。先般の安倍総理訪米での議会演説や対米姿勢などは米側から概ね好意的評価を受けたが、韓国は反発している。中国はそれほどでもなかった。米国の世論を意識する韓国としては期待外れだったのではないか。慰安婦問題に関し、日本側から強制性はなかったなどの反論が出る。当時韓国の女性はどんな相手とでも結婚させられたのは、しないと慰安婦にされる恐れもあったからと言われている。国際的スタンダードで考えることが必要だ。今日の国際社会ではこの問題は女性の人権問題ととらえられる傾向があるので、「強制はなかった」などといっても納得してもらえない。日本は民主主義国である以上、過去の問題にも逃げない姿勢が肝要である。韓国の挺身隊問題対策協議会という団体はそこに付けこんでいる。
韓国人は自分たちの歴史観がた正しいと思い込んでいる。だから、日本との歴史共同研究に取り組む場合、自分たちが正しいと思うことを立証することが歴史研究だと考える。韓国内では、国民感情に立脚した歴史観に反対できないため、それが固定観念を形成してしまう。韓国人は国交正常化後に日本が韓国の経済発展に協力したことは知らないし、政府もそれを殆ど公表しない。世界的企業になった浦項製鉄所も日本の協力なしには発展しなかった。日本が過去史を反省せず、謝罪しないというのは、国交正常化後の歴史を無視するからである。朴槿恵大統領が慰安婦問題に固執しているが、その背景に韓国挺身隊問題対策協議会が事実を歪曲し問題を先鋭化して解決を妨害していることがある。韓国政府はこれに振り回されることなく、総合的判断で政策を決めるべきだ。
今後の和解のために何をしたらよいか、考えたい。先ずは、事実を事実として理解し認めることが出発点であるべきだ。日本は戦後民主主義国になった。日本は国交正常化後に韓国の発展に協力した。日韓の経済関係も日韓双方にとってメリットであった。それを認めるとともに、日韓双方がお互いに植民地支配の現実を直視することが重要だ。そのうえでこれまで両国関係を悪化させた方式を変えることだ。これまで、反日をいかに鎮めるかを考えて、主として日本が妥協してきたが、今後は若干時間がかかっても韓国側の反省を促し、今後波風が立たないルールを作ることが肝要だ。
自分(武藤)は嫌韓ではない。反日だけでなく、嫌韓にも配慮していかなければならない。日本は植民地時代に良いことをしたと主張する日本人がいるが、それは植民地政策のためにやったことであり、日本のためでもあった。慰安婦問題については、韓国挺身隊問題対策協議会が広めた誤った歴史観を正すこと、アジア女性基金の役割を見直すこと、韓国政府は逃げ腰ではなく責任のある対応を求めることなどが重要だが、その間に日本側も発言を自重する必要がある。さらに、広い見地から両国間で戦略対話を行い、その中で日本の重要性を再認識してもらうこと、中国の実態について理解を深めること、日米間で戦略対話をすることなどが重要である。最後に、日韓の人的交流が重要であることを指摘したい。とくに青少年交流は効果がある。
(質疑応答・意見交換)
Q:オランダ人の従軍慰安婦問題はアジア女性基金による見舞金を受け取ったので、(歴代総理のお詫びの手紙があったので受け取った方もあった由)オランダでは問題は全て解決した。アジア女性基金を通じて日本政府も誠意を尽くして謝罪と問題の解決に尽力を尽くしたことをもっと積極的に広報すべきである。特に、そのターゲットは、対米広報に向けるべきであり、またその際、今や『戦時における女性の人権問題』と受け止められているので、アジア女性基金による貢献に焦点を合わせ、強制性があったのか否かといった議論は避けるべきである。
「日韓対立の真相」は韓国語版も発刊してほしい。
A:韓国語版も出したいとは思うが、出版社が大変かもしれない。
Q:決着したはずの問題が繰り返し出てくるのはなぜか。何時まで続くのか。被害者と加害者との関係もあるのではないか。
A:ご指摘の通り、文化的・歴史的な関係で優越感や劣等感が表裏一体で出てきたりする。韓国はかつて日本に文化を伝えたとの意識があるが、今日、日本は世界的に文化の面で高い評価を受けており、韓国はその面はあまりない。経済的には韓国が発展し、「日本、何するものぞ」の気概もある。欧州は、歴史認識においてお互いに理解し合い和解してきたが、日韓間では歴史共同研究において韓国側は国民感情を背負って出てくる。大人になれないところがある。
Q:なぜ、韓国や中国が日本に激しく謝罪を求めるのか。慰安婦問題についてどう考えるべきか。
A:歴史へのこだわりにおいて、中国と韓国では違いがある。中国は政治的に日本叩きの材料として歴史問題を取り上げる側面があると思う。韓国は自分が正しいと思っている。
慰安婦問題は国際的にどう受け止められているかを考える必要がある。あれこれ反論するとかえって国際的批判を受けることにもなりかねない。
Q:日本は近代史をあまり学んでこなかったが、韓国では幼稚園の頃から教えられる。
A:お互いに歴史をもっと学ぶべきだとのご指摘に同感。韓国人が日本に来ると見方が変わる。教育が重要だ。
Q:日本や韓国のことに詳しい駐日スウェーデン大使がある会合でノルウェーの学生の質問を受けた。北欧諸国間でも歴史的に領土の奪い合いがあった。大使は「歴史にはあきらめが必要」と述べたことがある。日本人は江戸時代までは感情を抑えることを知っていたが最近はその意識に乏しい。日本人も大人になるべきだ。
A:日本人は最近韓国のことになるとカーッとする。お互いに大人になるべきだ。竹島周辺にメタンハイドグレードの資源があり、日本は高い技術力を持っている。大人の解決策を探ることも考えてよい。
Q:文化交流をさらに発展させるべきだ。テレビをお互いに見れるようにすることも一案だ。
A:今は、見ようと思えば相手国のテレビを見ることは可能。日本の書籍はたくさん韓国で販売されている。韓国のドラマなどは最初から輸出を考えて作られる。日本はドラマなどの輸出志向は薄い。
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(注)
なかなか克服できない日韓間の歴史問題の背景にある真相は何か、2015年に行われた第37回絆サロンで前駐韓大使の武藤正敏さんが詳しく解説し、和解への道を示唆してくれた。武藤氏はソウルの大学での語学研修を含め5回の韓国勤務を経験し、外務本省では北東アジア課長を勤め、政府レベルでも韓国国民との間でも難しい日韓関係に取り組んできた人である。
武藤氏の講演とそのあとの質疑応答・意見交換の概要をお知らせしたい。武藤氏は、韓国側の問題点について詳しく語ってくれたが、日本側でなすべきことにも触れている。我々はそのことも十分考える必要がある。議論は今日でも十分傾聴に値する。