新しい思考を持つ韓国人日本特派員の話

 

(注)これは2011年10月15日、私(小川)が主宰する「絆サロン」に韓国聯合ニュース李忠源東京特派員を招いて行った講演会の概要である(文責 小川郷太郎)。

Judo Kizuna

10月15日(土)昼に汐留のイタリアレストランで開かれた第7回絆サロンで、韓国聯合ニュース東京特派員の李忠源氏から話を聞いた。今回韓国の特派員にサロンの講師をお願いしたのは、日韓両国は重要な隣国同士だがお互いに知らないことが多いという、私の日頃の思いに発するものでとても素朴で打ち解けたユーモラスな話はそれ自体聞いていて面白かったが、「難しい日韓関係」を切り拓きたいという李特派員の真摯な使命意識に基づく驚くほど率直で新鮮な思考が披露され、感銘を受けた。私なりの解釈も踏まえ講演のポイントを要約してみるとこうだ。 

 李氏は、1980年代に「光州事件」などをきっかけに学生運動に明け暮れた「386世代」に属する42歳である。高校時代は反日的な社会の雰囲気の中で日本に格別の関心はなかったが、日本語の先生が「外国語を学ぶことはその国の主張や立場、あるいはその国の気持ちをわかること。韓日関係には難しいものがあるが、両国に役立つ仕事をしてください」と言われたことがあるそうだ。その当時は日韓間の歴史問題の難しさなどはよくわからなかったが、日本語を習うことによって日本にも関心をもつようになったという。

ソウル大学仏文科を出て聯合通信に入社後日本への関心を高め、一人で福岡や山口を旅行した。(真偽のほどは定かではないが、何となく日本女性と結婚しようと考えた時代もあったそうだ。結果として韓国人と結婚したが。)日韓関係の仕事もしたいとも考えて2006年には慶応大学で1年間勉強もした。

日韓のことや北朝鮮での離散家族問題の取材を経験して自分の国のことをより考えるようになった。日本で言う「日本海」を韓国は「東海(トンヘ)」と呼ぶが、両国間の激しい呼称争いはあまり生産的でない。何とかならないかと熱心に種々具体的な思いを巡らしている。韓国国民は歴史上日本の植民地となり辛酸を舐め、また朝鮮戦争で多大な犠牲を負ったが、こうした深い傷をどう治すべきかを考えるようにもなった。韓国は近代の重要な時代の国造りを自分の力で達成することが出来なかったが、歴史上のこの傷をまだ克服できていないという感情もある。

こうした韓国のおかれた状況の中で、最大の課題は第2の朝鮮戦争を回避することである。この点で韓国の運命はアメリカや中国とも密接に関係している。

日本については、3月東北大震災後現地に何度か足を運び取材するにつけ、さらにいくつかの驚くべき日本人の資質や役割に気付いた。震災直後の混乱の渋滞の中でも車列を乱すこともなく、物資不足でも辛抱強く列を作って順番を待つ国民性を見ると、日本は政府があまり機能しないとしてもこの文化的システムで動いていることを知った(李さんの目には、日本政府はこの国民の確固としたシステムに乗っているように映るそうだ)。さらに日本は太平洋(の津波)と闘っていて、韓国は日本が防波堤になってくれていることで助かっていることにも気付いた。日本も韓国もともに大きな危険や不安を抱えている。こうした相手の不安や悩みを両国間で分かち合って何が出来るかを考えなければならない。両国間の課題を少しでも克服して、他の多くの分野で協力関係を築いていくべきではないかと具体策に思考を続ける。李特派員は、日韓関係は難しいが両国に役に立つ仕事をしてくださいとの高校時代の先生の言葉を仕事の上での使命として考えているように見受けられた。

講演に続き、食事をしながら質疑応答が活発に行われた。このなかで印象に残っていることは、李氏が、どの国やいかなる問題についても多様な側面があるのでこれを学ぶべきだとして、韓国については豊臣秀吉の侵攻や植民地統治だけでなく日本の近代化の過程も知るべき旨敢えて言及したことや日本が従軍慰安婦の問題などについて1965年の日韓正常化条約で解決済みという立場をとっても当事者にとっては解決していないとの現実にも触れたことなどがある。また、米、中、韓、北朝鮮、日本の相互の地政学的な位置関係を図示しながら興味深い分析を行った。歴史的経緯から、韓国は中国に対して脅威感をもつことがあるが日本は中国を肌に感じて脅威とは思っていないのではないかとしつつ、大国や北朝鮮に囲まれる韓国の安全保障上の生きる道の難しさを説明し、日本の立ち位置が不分明であることを指摘した。日本がもう少し韓国と共に米中間のバランスをとって中国との協調関係に力を貸してほしいとの示唆があるようにも感じられた。

私が韓国に勤務したのは1990年代の前半で、当時の韓国はもっと日本との関係で肩を尖らせていたし、また現在より感情的に国際関係に対応する姿勢が見られた。そういう印象をもつ私にとって、この日の李さんの視点は驚くほど新鮮であった。また、視野が時間的にも空間的にも広く、考え方がとても公平である。

それに刺激されて私も考えを述べる。日韓は中国、北朝鮮を包むアジア太平洋地域の安全保障上の重要なパートナーだ。日韓間には解決されていない多くの問題があるが、共通の利害もあるのでお互いに相手の立場についての知識を深め相手に思いを馳せることが重要だ。常に日本だけの視点から考えるのではなく、視野を歴史的・地理的に広くして、多面的に考えることが必要だ。

知らないことを知り合う。相手の立場に思いを致す。絆を深める。これこそ、絆郷の活動の目的だ。そういう機会を作ってくれた李特派員に感謝したい。

絆郷は明日(20日)から1週間の韓国旅行を実施する。それによって少しでも日韓の絆を高めることに寄与できれば嬉しい。

 

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