(注)以下は、2015年2月7日に私(小川)が主宰する「絆サロン」で行った柔道に関する意見交換の概要である。日本で若い人の柔道人口が減少している問題などについて3人の専門家から話を伺い意見交換をした。
日本発祥の武道である柔道。オリンピックでは日本に多くのメダルをもたらしてくれる重要な種目。日本各地で柔道を学び、指導する人は多くいるが、最近は柔道人口は減り、高校や大学で柔道部員の確保さえままならないほどだ。柔道は危険だ、練習がキツイというイメージで敬遠されるからである。世界では200の国や地域に柔道連盟がある。地球の隅々まで浸透したのは、心身を鍛える柔道の教育的効果に惹きつけられているためだ。
こんな状況を踏まえ、第33回絆サロンでは、日本では何が問題か、柔道にどう向き合えばいいかなどの見地から3人の柔道指導者をお招きし、会場の参加者と共にパネルディスカッションを行った。
まず、パネリストの先生のお話を聴こう(カッコ内は私の解説)。
三浦照幸先生
「子供のころ『姿三四郎』の映画を見て、それまでやっていた野球をやめて柔道の道に入った。柔道をやる人たちはいい人たちばかりだと思った。三重県の伊勢高、日体大で柔道を学び、柔道が好きになった。怪我や手術なども経験し、恩師の薦めで指導者の道を志し、長年立教高校、東京柔道整復専門学校、講道館、海外などで青少年の柔道指導にあたって来た」「柔道を通じて子供たちに夢を持たせ、また、強さよりも柔道の良さを教えたい」(先生は、74歳の今でも連日柔道衣を身に着け稽古、試合出場、指導に奔走されている。)「勝つことより柔道が楽しいと思って続けていくように指導している」「嘉納治五郎師範の思想にならい、柔道を通じた人間教育を目指している」「子供の寝起きや日常生活での規律などを躾け、鍛えることも大事」「ハワイでもこれまで33年間柔道を指導してきた」(実際、先生は、子供たち一人ひとりの名前を憶えていて、練習中やその前後に子供や親にも声をかける。遠くにいる時でも電話をかけて近況を聞いたり励ましたりされている。子供たちは嬉々として柔道を学び、先生とも楽しそうに、しかし、礼儀正しく話しているのを私はしばしば拝見してきた。教育者としての一貫した姿勢に感銘を受ける。)
山口香先生
(お馴染みの山口先生は、全日本体重別選手権で10連勝、日本女子選手として初めて世界選手権金メダル、ソウルオリンピックで銅メダルなど、輝かしい記録の持ち主。今日も筑波大学大学院准教授、日本オリンピック委員会理事、子供の指導など多方面で活躍中。)「今日問われているのは、嘉納師範の教えた柔道をどう伝え継承していくかである。その場合、伝統は大事だが、形にとらわれず新しいことをやっていくことも重要」「今日の世界は混沌としている。ボーダーレスの世界の変化は受け容れる以外に道はなく、その中で地球規模での文化を良くしていく必要がある。グローバルな社会で何が必要か。子供たちに人間教育を伝えたい」「奥ゆかしさ、曖昧さ、譲り合いなどは日本の誇るべき文化だが、自分の意志を主張することも重要だ。私は世界選手権の決勝で審判の判定にチャレンジしたことがある。(その当否は別として)そうしたら何と結果が変わった。言わなければ伝えられない」「嘉納師範が言われるように柔道を学ぶ上で『問答』をしていくことが大事」「柔道は『道』の文化だ。勉学や知識では得られない善悪も教えてくれる」「勝利至上主義はいけないが正しく競い合い結果を受け容れることは重要。負けても相手がいることによって自分が高められたと思うべし」「柔道の精神を持って人に対し、世の中のためになることを心掛けるべきだ」
フラマン・ピエール先生
(元フランス柔道ナショナルチーム・代表、日本在住14年、現在慶應大学柔道部コーチも務める)「父が道場を運営していて5歳で柔道を始めた。夢はオリンピックで勝つことで、一つの道として合宿参加のために日本に来た」「天理大など、日本での練習は苦しかったが、教え方がフランスとも違うし迫力もあった」「フランスで引退後イギリスで指導もした。仕事のために再び日本に来た」「礼節など、柔道の教育的側面に惹かれる」「フランスでは、スター選手が累次輩出することもあって、柔道は3番目に人気のあるスポーツだ。全国どこにも道場がある。なぜ、多くの人が柔道をするかというと、『柔道は人生の学校』と教えられたり、フランス柔道連盟もそのスローガンを使用しているからである。そして、連盟の方針として友情・勇気・自制心・相手への尊敬の念などを養うようにしている」「子供たちはゲームなども楽しみながら柔道を学ぶことができる」「フランスでは法律に基づいて国家の資格を得た者が道場で指導しており、それなりに職業として生計を立てることができる」(フランスにおける柔道のイメージは日本とかなり違う。柔道を学ぶ子供の親を含め柔道の教育的側面に価値を見出していることが、柔道人口の多さに繋がっている。国家が法制面も含め整備し、全仏柔道連盟も一貫して柔道の価値を幅広く広報していることが注目される。なお、フランスでは状況に応じて試合に臨む選手と趣味で柔道を楽しんでいる柔道修習者の指導・教育を分けて対応しているようだ。)
3人の先生のお話のあと、意見交換に入った。会場には柔道経験者もいたがそうでない方も多数いたが、相互に活発な質問や意見が交わされた。主なものをご紹介しよう。
Q:小学生の試合には勝つことを目指すあまり基本習得が疎かになるなど弊害もあるが、フランスでは子供たちの試合は行わないのか。
A:クラブ間の対抗など一定の範囲で試合は行われている。しかし、15歳までは全国大会個人戦が行われていない(フラマン氏)。難しい問題である。試合を多くするのは問題だが、受身をしっかりとることや勝敗の決め方を工夫するなど、一定のルールを決めて試合を行うべきではないか(山口氏)。試合が多いと弊害が出る。基本の動き、礼法、受身をしっかり身につけさせ、試合はその先にあるべきだ(三浦氏)。稽古と試合では子供にとってもモチベーションは大いに異なる。試合では本気になり、普段出ない技が出ることもある。小学5~6年生なら試合はあっても良い(長野県で子供を指導する長谷川氏)。
Q:柔道を学ぶなかで「世の中の役に立つ」ことも目指すと言われるが、どういうことか。
A:他のスポーツや茶道のような文化にもあるが、柔道には作法や忍耐・礼節など世の中で認められる価値が込められている。勝つためだけのスポーツでは意義が薄い。柔道を通じて人間性が形成されることをどう世の中に伝えるかが大事だ(山口氏)。
Q:現在の日本では柔道人口を増やすのは難しいようだが、強い選手が多く輩出すれば柔道をやる人も増えるだろう。日本柔道はもっと強くなってほしい。慎重すぎてしっかり組むまで技をかけないのでは勝つことも難しいのではないか。
A:勝つことも必要で、そのためにもっと技を出すべきだということも尤もであるが、柔道には礼節などの教育的要素に凄いものがある。日本では暴力事件があったりで柔道は厳しいというイメージがある。子供たちには立派なモデルが必要だ。勝つことだけを目指すのではなく、学ぶ過程を重視すべきではないか(フラマン氏)。日本では負けたり失敗したりすると怒られたり、練習の仕方について「理屈を言うな」と言ってコーチや監督に従わされることも多い。世界で勝つためには、「型破り」な選手があってもいい。また、負けてもいいから技を思い切りかけろとの指導も大事だ(山口氏)。
柔道では心・技・体が言われるが、「心」が一番重要でかつ達成が難しい。謙虚さ、自制心などの人間を作る教育的価値については先生が自身の態度で示してもらうこと重要だと思う(滞日6年のフランス人女性柔道家バッハ氏)。
Q:どのスポーツもヒーローがいないと人気が出ない。野球、サッカー、テニスなどのようにヒーロー的プロ選手を出すことも重要だが柔道のプロ化についてどう考えるべきか。
A:日本では所属先の企業等が柔道選手の遠征費などを部分的に支援することはあるが、プロ選手は存在しない。柔道では同じ選手同士で繰り返し対戦すると勝負がつきにくくなる傾向もあり、プロ化しにくいのではないか(山口氏)。
Q:フランスでは指導者資格制度が確立している由だが、指導者は生計を立てられるのか。
A:指導者として活動するには、長年の指導経験、資格試験のための十分な準備、取得後の不断の講習や研鑽等が必要だ。道場で100人ぐらいの生徒を持てば生計は立てられるし、小さい道場などでは他の職業を持ちながら道場を経営している例もある。