(注)以下は、2009年12月10日、静岡市宝泰寺の「平和祈念祭」における講演要旨である。)
1.はじめに
私は、外務省に勤務した約40年の間に、海外生活は8カ国で合計23年を過ごした。そうした経験を踏まえて「平和」について考えてみたい。
実は、平和について考えるきっかけとなったのは、高校3年の時、アメリカン・フィールド・サービス(AFS)という制度でアメリカに1年留学した時に遡る。晩秋のある晩、いつものようにホストファミリーのローズ家の食卓を囲んで話しているなかで、私が広島や長崎の原爆がいかに悲惨な結果をもたらしたかに触れた時だった。話しかけた途端に、ローズ家のお母さんと姉のベティーから、大声で強烈な反論を受けたのだった。「何を言うの!戦争のきっかけを作ったのは真珠湾に卑怯な奇襲攻撃をかけた日本でしょう。原爆投下は戦争の終盤でさらに多くの犠牲者を避けるために止むを得ないものだったのよ」との論旨である。
この問題についてのアメリカ人の反応はある程度わかってはいたが、反論に潜む感情の強さにちょっと驚いて、アメリカの家族との「原爆論争」後、戦争についてもっと勉強し平和について考えるようになった。その結果、戦争はあらゆる不条理、残虐性、非倫理性、非道徳性を内包する人類の行為であることに確信を深め、戦争を何とか避けるために少しでもできる仕事として外交官の道を目指すことになった。
2.外国で感じたこと
8カ国の海外勤務のなかでは、フィリピン、韓国、ホノルルのように、日本の過去の戦争や植民地化によって影響を受けた国や、カンボジア、リトアニアなど、それぞれの状況の中で戦争を体験した国があり、これらの国での人々との接触を通じて戦争についてより広い視点から考えるようになった。
中でも強く印象に残っているのは、韓国での出来事だ。ある晩、親しくしていただいていた韓国の知識人と食事をしながら日韓関係などについて話すうち、お酒も入って良い気分になったころ、その方は突然周りがびっくりするほどの大音声で、「日本は韓国の民族と文化を抹殺したのだ!」と怒鳴ったのだった。驚いて顔を見ると、顔面は紅潮し感情が煮えたぎるような眼をしていた。植民地統治時代に、日本に言語や姓名まで奪われて民族の誇りが傷つけられたことへの強烈な恨みが伝わってきた。
戦争中日本がほぼ全土を占領したフィリピンでも、どこへ行っても戦争中の話を聞き、彼らが持っている感情を十分推し測ることができた。奇襲によって一時的に日本が大成功をおさめた真珠湾攻撃も、現地では当時の日系人やハワイの社会に多大な困難をもたらし、さらにアメリカに対し後々まで残る対日感情を植え付ける結果となった。
第三国間の「歴史問題」である旧ソ連によるリトアニア等バルト3国併合に関しても、この問題をめぐる今日のロシアのリトアニアに対する高圧的な姿勢を見ていると、ロシアの国家としての道徳性に疑念を感じたりもした。
こうした経験を通じて痛感したのは、通常、被害者と加害者の視点には極めて大きなギャップがあること、それから当たり前の事実であるが、人はだれも同じ感情を持っているので加害者側は被害者側の状況や心情を十分に考慮する必要があるということである。近隣国との歴史問題を抱える日本としても、相手の立場に立って考えることが極めて重要であることを深く認識した。
3.戦争や紛争の原因
過去も現代も、世界には数多くの戦争や紛争が起こってきた。戦争や緊張関係などの主要な原因には、伝統的に資源、領土、イデオロギー等があるが、民族、宗教、文化の違いに起因するものも多い。後者の原因については、多くの場合、人々の無知や偏見、誤解から生じることが多く、それに基づいてプロパガンダが行われると、一層不信感や憎しみは増幅し紛争や戦争にまで発展する。優越感や一国行動主義はそれをさらに助長させる。パレスチナ紛争や旧ユーゴの「民族浄化」の抗争、イラクの宗派間対立はこれらの顕著な例である。誤解や偏見は、互いに交流したり真摯に話し合うことによって相当解消されるはずである。
貧困もまた、戦争や紛争の重要な原因になる。貧困は社会の不安定化をもたらし、それに対して外国や武装勢力が干渉することがあり、紛争を拡大する。かつてのカンボジア内戦や現在のアフガニスタンにその要素がみられる。
軍事力増強は軍事的活動をもたらし、いったんそれが始まると殆ど必然的に関係国間で相互増幅が見られるようになる。中国の軍事力強化や北朝鮮の核武装によって、日本にも核武装論が飛び出したりもする。
平和を維持するには、紛争が発生する前にこうした原因を取り除くことが大変重要になる。
4.「平和」のために何ができるか
戦争や平和については関係国の指導者の力が大きいが、指導者の行動に影響を与えるのは国民でもあり、国民一人ひとりの意識や行動も必要になる。個人や国のレベルでできることは何か。
(1)国民レベルでの努力:「内向きの日本」からの脱却 (イ)日本は「島国」でもあり、また、これまで安全で満ち足りた社会を築き上げることに成功したせいもあって、とかく外国の状況に関心を持つ度合は弱い。グローバリゼーションが強まっているのに、最近の日本は、政治家も官僚もマスコミも、みな内向きで視野狭窄の傾向がますます顕著になってきた。政治は、バブル崩壊後の経済困難もあり、ODA削減や国連の平和維持活動(PKO)参加への躊躇によって世界平和のための日本の貢献度を低めている。マスコミは、国内の事件報道に過度の精力を注入して国民の目を一層内向きにさせている。若い人の間でも世界への関心が薄くなり、例えば海外留学を志望する人の数は減少している。パソコンや携帯電話と対面する時間が多くなり、全体を見渡すことが少なくなっている。
視野狭窄からくる弊害の顕著な例として、第2次世界大戦のころの日本の経験がある。軍国主義指導者は、世界の客観情勢が見えなくて戦争の道に走り、国民はそれについて行った。国民全体が常に眼を外に向けることが重要である。世界でどのような紛争が起こっており、あるいは今後起こりうるか、その原因や背景には何があるか、世界の相互依存関係を充分認識して日本としてどう対応するべきかなどについて、しっかり考える必要がある。宇宙から地球を見る姿勢で、世界の現実を知ることが不可欠である。
(ロ)歴史を学ぶことも重要である。我が国は戦後一貫した平和外交を進めてきたが、アジア近隣国との過去の歴史をめぐる軋轢がしばしば外交の足を引っ張ってきた。過去において日本がアジアでどのような行動をして、それがこれらの国にどのような影響を与えたかについてよく学んで考えることが不可欠である。近隣国と平和で友好的な関係を築くには、国民全体がしっかりした歴史認識を持つ必要がある。
(ハ)多くの人が異文化交流に参画することによって平和に貢献することができる。異なる国の人々が交わることによって、互いに相手国のことをよく知り、相手国への敬意をもつことができ、さらに自国との関係を客観的に把握できるようになる。国と国の抗争はしばしば誤解や偏見によって拡大される。異文化交流は誤解や偏見をなくす効果を持つ。
異文化体験は様々な形で可能である。例えば、海外旅行の際、単に名所旧跡を見て回るだけでなく、旅行会社などが斡旋して現地の人々と接する機会をつくることができる。若い人たちが積極的に留学したり、青年海外協力隊に参加する、また、日本の家庭が海外から来る人たちをホームステイで受け入れることなどもできる。異文化交流は面白いし、学ぶことが非常に多い。
(ニ)偏狭なナショナリズムや一方的な思考は平和にとって有害である。靖国神社参拝問題や植民地統治の正当化をめぐる議論の中にはこのような傾向も見られる。常に自国の立場と相手側の主張を客観的、公平に比較して考えることが重要である。
(2)国家レベルでの努力
(イ)歴史問題をめぐる近隣国との軋轢はしばしば日本外交の足枷となっており、その克服は日本にとって極めて重要な課題である。天皇陛下は過去の戦争について深い思いをお持ちのようである。11月12日記者会見でも「過去の歴史的事実を十分知って未来に備えることが大切を思います」と述べられている。この問題に関しては、1995年の終戦50周年に当時の村山総理大臣が表明した談話がある。談話では、「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と述べている。この談話は、日本政府が世界に向けて表明した公式の立場であるが、この問題について未だに国民の認識は一致しておらず、そのことが国際的に日本の立場を曖昧にしている。国家としても村山談話に沿った国民の認識を高める努力が必要だ。
(ロ)平和外交の主導性強化も、国としての大きな課題である。日本は戦後一貫して平和の道を歩み、国際場裏で率先して平和構築、軍縮・軍備管理、不拡散の推進に取り組んできた。その努力を一層強める必要があるが、その手段として、オバマ政権との提携と安保理常任理事国入りが重要だ。オバマ政権は、ブッシュ政権とは異なり、核廃絶を含めた軍縮・軍備管理に熱心で、オバマ政権との連携は日本の外交政策目標の推進に大いに役立つ。また、安保理常任理事国になることは、現在常任理事国すべてが核保有国である中で、非核・平和の外交を実践する日本の国際的影響力を強化することになる。
目覚ましい経済発展を背景に軍事力強化に邁進する中国との関係は、これからの日本外交にとって最重要課題の一つである。中国との協調を基礎として超大国である米国が適切な形で連携するような「東アジア共同体」を構築することが、日本やアジア太平洋地域の平和にとって重要な要素である。この方向での外交努力を加速すべきである。
(ハ)最近の10年ぐらいの間、経済的困難や内向き志向によって、日本は平和に向けた外交努力を弱める結果となってきた。強力な軍事力を持たず、経済的に対外依存度の高い日本は、国際貢献の強化によってこそ、国際社会での自国の位置を確保できる。アフガニスタンの安定化支援や国連平和維持軍(PKO)への積極的参加などが、日本の国益に適う。貧困は当該国の安定を妨げ、平和にとって障害となる。ODAの継続的削減は日本の国益に反する戦略の誤りである。
私はかねてより、「国際協力費(仮称)」の創設を提唱している。日本が国際的に比較優位を維持しているODA、科学技術、文化の力を国際貢献に最大限活用すべきで、こうした活動を可能にするため、ODAの概念を止揚し、GDPの1%を途上国援助、科学技術協力、文化交流等のために使う新しい予算項目を創設すべきである。1%を目標としつつも巨額の財政赤字を抱える現状では、当面0.5%だけでもこうした国際貢献に向けることによって、世界の安定や相互理解に寄与し、ひいては世界平和に貢献することができる。
5.むすび
平和は一挙には手に入らないし、個人の力ではどうしようもないところがある。しかし、平和を達成するには国民一人ひとりの意識と行動が不可欠である。国の指導者を動かすのは、結局国民である。先の大戦での敗北は、日本にとって重要な教訓である。
平和構築は、各国との友好、協力によって可能になる。世界は密接な相互依存関係にあり、国際社会での共生の認識が重要になる。各国間の友好関係をつくるには、異質性の尊重、謙虚さ、相手の立場に立つこと、「人間」であることが必要である。
仏教などの宗教も、排他性の排除、人間性の重視を教えることによって役割を果たすことができる。
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