ハムレットの城で能「オフィーリア」公演

 

(注)海外との文化交流を支援する目的で2015年に一般社団法人「鴻臚舎」を設立して2019年まで能の海外公演やカンボジアの伝統舞踊団の招聘公演などを実施した。能の海外公演は、金春流櫻間會第21代当主が主宰する公演の支援であるが、2016年から19年まで毎年欧州各国で実施してきた。現地ではいずれも私の想像以上の熱い反響をいただいて、文化交流としての効果に意を強くした。

 この記事は2017年8月、デンマークのクロンボー城における国際シェークスピア祭で演じられた新作能「オフィーリア」公演の概要である。

      

はじめに

  デンマークのクロンボー城を御存じですか。シェークスピアの戯曲「ハムレット」の舞台となった古いお城です。その城で毎年国際シェークスピア祭が行われていますが、2017年8月22日、23日の両日、日本の能が初めて参加し、新作能「オフィーリア」を上演しました。この能を制作し、演出し、自らシテとしてオフィーリアとハムレットを演じたのは、私が日頃応援している金春流の能楽師櫻間右陣先生を中心とする諸先生方です。

 私自身は能のことは素人でわからないのですが、どのようにして能の手法でハムレットの世界を演出するのか興味津々でした。能の舞台は現実の世界を表現するのではなく、昔の人の霊や亡霊が登場して語ったりしますが、今回の「オフィーリア」ではホレーショの子孫が昔のことを語るという想定で、最初に出てくるのがオフィーリアの霊で無言の舞を演じます。幽玄な雰囲気を感じさせた後、狂言師が墓掘り役として登場しユーモラスな仕草とセリフで観客の笑いを誘います。最後の段でハムレットがレアーティーズとの決闘を演じますが、能の形式での立ち回りで大変見ごたえがありました。

 ジャンルの異なるハムレットと能の組み合せは画期的試みですが、なるほどと思う戯曲の構成のおかげでしっくりとした感じで相性は良かったと思いました。シェークスピア祭側の総合芸術監督が、「ハムレットの世界を能という芸術で表現してくれたことは実に革新的で、このようなことが実現できたことを誇りに思うと繰り返し評価してくれました。

 日本人の私が能の理解度が低いこともあるためでしょう、外国の人に能を楽しんでもらえるだろうかと案じていましたが、そうでもなさそうです。昨年イタリアとの150周年行事の一環として4都市で能公演をした時もそうでしたが、公演中は、観ている人たちが目を輝かせて舞台を見詰めています。大きな拍手で終わった後もその場にとどまっている人が多く、興奮した面持ちで感想を述べたり、質問をしてきます。余韻を楽しんでいるような人もいます。細部はわからなくても、身体で雰囲気や感興を楽しんでいるように思えて、欧州での能公演に自信が出てきました。以下にその時の様子を再現してみます。

舞台周辺の情景

 シェークスピア祭の特設舞台は、城と城壁を背景にして濠と陸地に跨って作られている。日没の遅いヨーロッパの夏は開演時間の午後8時でもまだ明るい。大きな舞台の後方に北欧材の白木の板を繋ぎ合わせた屏風が立つ。同じ板を床にも敷いて舞台と橋掛かりにしている。色も塗らない裸の白木が却って清楚感を醸し出す。高い天井の下に背景のクロンボー城の姿が見える。9時過ぎに暗くなると濠の水が照明に反射してゆらゆらとうごめいて恰も薪能を思わせる。ときどき背景の暗い濠に白鳥が滑るように泳ぎ出て、そこに光が当たるとまるで演技に参加しているかのごとくで、幽玄さを増してくれる。

 いくつかの海外の公演を見てきたが、現地の状況に合わせて舞台を作る能の柔軟性はとても高いことに気付く。野外なので天気が心配されたが、前夜のリハーサルの時とは打って変わって空は晴れて風も弱く、寒さは厳しくなかった。

創作能「オフィーリア」のシナリオ

①囃子方の音楽がリズムをもって徐々に高まるなかでシテの右陣師によるオフィーリアが登場。赤い花を手にして無言の舞を舞う(約20分)。幽玄の世界が感じられる。

②オフィーリア退場のあと、ホレーシオの子孫(ワキ)が登場。この子孫が先祖から聞いた話を伝えるという設定。ホレーシオ自身のセリフは短い。

③狂言役が墓掘りとして登場。仕草がとっても面白い。真っ白なボールを頭蓋骨として表現。

④ワキが舞台前方右に不動の姿勢をとる中、シテのハムレット(右陣師が冒頭のオフィーリアと2役)の霊が登場。セリフを交えて舞う。

⑤約20分の休憩のあと、囃子方の息の合った奏楽に乗って、オフィーリアが冒頭のときとは違う花柄の衣装で登場。この時の演舞は右陣先生ではない若い女性が担う。

⑥オフィーリア退場のあと、再びハムレットの霊が登場。この時は衣装も面も違うが。面の表情が憂いと悲しみを湛えているようで何とも言えず素晴らしい。ハムレットとレアーティーズとの決闘は日本刀を持っての立ち廻り。見ごたえのある名演技である。最後にハムレットは飛び上がったうえで墓の中に倒れ込んで果てる。背景のクロンボー城がライトアップされ、水面が光に反射してうごめく。

⑦終末を奏でる厳かな笛や鼓と太鼓の中で、ワキのホレーシオが、そして起き上ったハムレットが静かに退場。

(演技時間は休憩を除き合計約90分) 

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Judo Kizuna
Judo Kizuna
Judo Kizuna

                       (撮影:三上文規)